INTERVIEW&COLUMN
2017.10.20
「見ないと人生損する映画 その1」
大学に入って私は映画を撮り始めた。
いわゆる自主映画と呼ばれるものだ。
当然プロの役者を雇うカネもコネもなく、
友人または、芝居経験がある知り合いの知り合いが出演することになる。
誰しもがそこから始まっていく。
自主映画の「自主」とは、辞書によれば
「他からの干渉や保護を受けず、独立して事を行うこと」*らしい。
お偉い誰かから茶々をいれられることもなく
自分たちの責任の下、好きな表現を目指せる、と言ったところか。
しかし、自主映画はその「自由である」という意味ではなく、
素人臭いとか、学生レベルだとか、チープで粗野なイメージとして使われることも多い。
「所詮、自主映画だね」のように。
私は、その悪い使われ方の「自主映画」にならないよう必死にやり方を模索した。
別に商業映画のようにしたかったわけではないけれど、せめて学生の域は出たかった。
お金を貯め、何人かのプロの役者さんにも出てもらった。
その甲斐あってか卒業制作の「single」はPFFで賞をとり、
運よく海外の映画祭にも出品できた。
一つの目標は達成できたかと思った。
しかし、自分の至らなさを実感させられる出来事が起こる。
「single」をある都市で上映した時のことだ。
確かその日は小雨が降っていた。
上映後、私はロビーに座り友人を待っていると、
一人の女性が近づいて来た。
女性「先ほどの映画の監督さんですよね」
中江「はい」
女性「見終わって駅まで帰ったんですけど、どうしても伝えたいことがあって戻ってきました」
中江「えっ」
駅までは少なくとも10分はかかる。往復だと20分以上。
女性「映画の中に、素人の役者さんがでてらっしゃいましたよね」
中江「ええ、何人か出ていますが…」
女性「その方々の芝居が気にかかりました。良い映画だと思ったのですが、それが勿体無いと思いました。もし次作られることがあったらプロの方々に出演してもらっては…」
中江「あなたも役者をやられているのですか?」
女性「はい、勉強している最中ですが…」
「single」は、経験のある俳優とそうでない俳優が混在していた。
芝居の勉強をしている彼女にとって、その温度差が気になったのだろう。
おそらく駅まで歩いていく中で、その想いが沸々と大きくなっていき、
どうしても我慢できずに踵を返したのである。
雨に濡れてまで、彼女は伝えに来てくれた。
私は頭が下がる思いでいっぱいと同時に、自分の至らなさを痛感させられた。
「なんだ、自主映画の域を出ていないじゃないか」と。
決してそれは、役者たちの力量のせいではない。
私の演出力のせいだ。
ジョン・カサヴェテスという映画監督がいた。
俳優として活躍しながら、仲間を集めて自らも映画を作り続けた人。
言わずと知れたアメリカ インデペンデント映画の父。
ジョンは、自宅をメインロケ地としてよく使ったし、
映画学校の学生をボランティアとして手伝わせた。
編集も何年もかけて自分で行い、気にいらなければ何年後でも撮り直した。
彼の映画には、ジョン自身も出演しているし、
彼の妻である女優のジーナ・ローランズや
コロンボ役で有名なピーター・フォークも頻繁に登場する。
しかし、いわゆるプロの俳優ばかりが出ているわけではない。
「こわれゆく女」にはジョンとジーナの実の両親も出ているし、
「ハズバンズ」には彼らの子供も出ている。
「フェイシズ」でマリア役のリン・カーリンは、
たまたまジョンの向かいのオフィスでロバート・アルトマンの秘書をしていた人物で、
まだ無名の俳優であり、終盤自分の出番が来るまではスタッフとして裏方で働いていた。
しかし映画を見たとき、彼らが素人だとは全く気がつかない。
むしろ、見ていて辛いくらい、彼らの芝居は素晴らしい。
こんなに俳優が生き生きしている映画を私は他に知らない。
ジョンは時に自分でカメラを回したが、ピントがずれ露出がずれてもお構いなしだった。
彼には芝居が全てだった。
うまくいかなければその場で脚本を書き直し、何度もテイクを重ねた。
その甲斐あってか、リン・カーリンはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたし、
シーモア・カッセルも助演男優賞にノミネートされた。
ジョンは、カメラワークや構図の美意識を捨て、既成のテクニックにとらわれず、
芝居の命が吹き込まれる瞬間だけを捉えた。
反対に私は「自主映画だね」と揶揄されないために
必死にカメラや照明など技術的なレベルを高めようと努力した。
外堀から固めようとした。
そうして、一番肝心な「芝居の演出」を置き去りにし、
自主映画の精神を履き違えた。
そのことに、駅から戻ってきてくれた女性の勇気によって気付かされたのである。
「他からの干渉や保護を受けず、独立して事を行うこと」
真の自主映画がここにある。
どうか皆さん、カサヴェテスの映画をみてください。
※デジタル大辞泉より
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